誰もが追いかける最先端を、ここから。 広報として伝え抜く、サンエーの「芯」。

みなさま、はじめまして!
5月よりサンタイムズ編集者になりました平野です。
サンエーの理念である「未来の当たり前を、いちはやく」。
いきなりですが、みなさんは今の当たり前のようにスーツを着ていると思いますが、いつ、誰によって作られたものかをご存じでしょうか?

美学の勝利! 200年先をも支配する男の正体とは

現代のスーツ文化の原型を作ったのは、ジョージ・ブライアン・ブランメルという人物です。
ブランメルが生きたのは、派手な貴族ファッションが全盛期だった18世紀のイギリス。
シンプルさと完璧な仕立てにこだわり、社交界のファッションリーダーとして絶大な人気を集めました。
「ダンディズムの祖」ともいわれる彼の美学は、華美に飾ることではなく、洗練された控えめさにありました。
単におしゃれな人という枠を超え、当時の価値観を根底からひっくり返すような、新しい「かっこよさ」を創造した人物だったといえます。
ブランメルも当初は「変わった人」に見られていたのかもしれません。
それでも、ブランメルは自分の美学を信じ貫いたからこそ、その価値観は現代へと受け継がれ、今のスーツ文化が当たり前のものとして存在しているのだと思います。

ブランメルの時代の空気を感じながら楽しんだ、旧イギリス領事館のアフタヌーンティー

「変わってる」は、ただ「早すぎる」だけ

ブランメルの生き方に触れて、私自身の過去について深く考えさせられることがありました。
幼いころから、私は少し変わった子どもだったと思います。
周りと同じでいることよりも、自分の“好き”や“おもしろい”と感じるものを大切にしてきました。
そんな価値観を育ててくれたのは、様々なことに挑戦させてくれた両親のおかげだと思っています。

大学1年生の私の髪の毛は紫色でした。
当時は茶髪や金髪が主流で、今のように青や赤といった「派手髪」をしている人はまだほんの一握り。
「変わった人」という視線を向けられることもありましたが、私にとってはただ、自分の好きを貫いているだけでした。
外国語の授業では、日本より髪色に寛容なはずの外国人の先生にさえ驚かれたほどです。
けれど、卒業を迎える頃には派手髪が流行し、大学のキャンパスにはさまざまな髪色の人が増えていました。
今振り返れば、私の感覚は少し早かっただけなのかもしれません。
流行に合わせるのではなく、自分の感覚を選んでいただけだったのだと思います。
それは、シンプルさを追求したブランメルとは見た目こそ正反対ですが、本質的な部分で繋がっているような気がするのです。
私を信じ、やりたいことを自由にさせてくれた母には、感謝の気持ちでいっぱいです。
「変わってる」は、ただ「早すぎる」だけ。異端はいつか「当たり前」に変わる。私はそう、身をもって知りました。

未来の当たり前を創る仕事と広報という名の、私の美学

今、サンエーでは太陽光発電×陸上養殖という、これまでにない新しい事業に挑戦しています。
かつてブランメルがスーツという「当たり前」を創り出したように、
この事業が、そしてサンエーという会社が、何世紀先も人々の暮らしの中に残り続ける存在となるよう、私は広報という立場からサンエーの美学を届けていきたいと思っています。

新しいことを始めるには、大きな勇気が必要です。
社会の荒波にもまれるうちに、周囲に合わせることに慣れてしまい、いつしか自分らしさを出せなくなっているような気がします。
だからこそ私は、誰かの「やってみたい」という気持ちの背中を力強く押せるような、そんな記事を書きたいと思っています。
自分の感覚に正直に、見たいもの、やりたいことに素直であり続けること。
世界中に散らばっているインスピレーションに心を動かされながら、私なりの美学を貫いて、サンエーを未来へ伝えていきたいと思っています。

よろしくお願いいたします。

 

 

おすすめ記事

この記事に関するお問い合わせはこちら

お問い合わせ先

📞 お電話

0120-359-077

平日9:00~18:00
※携帯電話からもOKです。

✉ メール

お問い合わせフォームはこちら

お気軽にご相談ください。専門スタッフが丁寧に対応いたします。